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岡山地方裁判所 昭和45年(ワ)117号 判決 1973年5月28日

原告 井上嘉子

<ほか二名>

右原告三名訴訟代理人弁護士 黒田充治

被告 岡山瓦斯株式会社

右代表者代表取締役 岡崎林平

右訴訟代理人弁護士 近成寿之

主文

1  被告は、原告井上嘉子に対し金一五〇万円、同井上文枝、同井上誠一に対し各金七五万円ならびに右各金員に対する昭和四二年二月一九日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを四分し、その一を原告ら、その三を被告の負担とする。

4  この判決は1項に限り仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告ら

1  被告は、原告井上嘉子に対し二〇〇万円、同井上文枝、同井上誠一に対し各一〇〇万円ならびに右各金員に対する昭和四二年二月一九日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二原告らの請求原因

一  本件関係者

訴外亡井上正邦(昭和四年生)は、訴外有限会社三進工務店(以下、「三進工務店」という。)の下請人鉄工業訴外宮岡博の被用者で、電気溶接工をしていたが、原告嘉子(昭和五年生)はその妻、同文枝(昭和三四年生)、同誠一(昭和三七年生)は右夫婦の子である。

被告は、一般ガス事業を営む会社であり、訴外難波修一は、被告の被用者で、被告会社供給課新設係員である。

二  本件労災事故

(1)  日時 昭和四二年二月一九日午前五時過ぎ頃

(2)  場所 岡山市内山下三〇番地一日本赤十字社岡山赤十字病院前道路内ガス導管埋設工事現場

(3)  工事現場監督者 難波修一

(4)  死亡者 井上正邦

(5)  事故の態様 路面電車軌道敷わき土砂約一〇立方メートルと矢板が崩れ落ち、正邦がその下敷となって圧死

三  責任原因

(一)  土地工作物占有者責任(民法七一七条一項)

本件事故現場は、ガス導管埋設のため、幅八〇センチメートル、深さ二・一五メートルをもって掘さくされた溝であり、右溝は民法七一七条一項にいう土地の工作物にあたる。

本件ガス導管埋設工事は、三進工務店が被告から請け負い施工していたが、これに使用したガス導管は被告の所有であり、同工事の設計、計画は被告がなし、また、施工に伴なう道路の使用の許可も被告において、現場の危険防止措置を十分にして施工することを条件としてこれを受け、かつ、被告の被用者訴外生田和彦が現場責任者となり、毎日、難波が現場監督者として、作業の指示、監督、検査、立会のため工事現場を見まわっていたから、被告は右溝を直接に占有していた。

そして、本件事故は、右溝が地盤軟弱で崩壊の危険が極めて大であるのに充分な防災措置がとられず、その設置又は保存に瑕疵があったために発生した。

したがって、被告は土地の工作物の占有者として民法七一七条一項により、本件事故による損害を賠償する責任がある。

(二)  仮に右主張が認められないとしても、次のいずれかの責任原因(択一的主張)がある。

1 使用者責任(民法七一五条一項)

本件事故は、難波の過失により発生した。すなわち、難波は現場の作業指揮者として、本件工事現場である前記溝が路面電車通過の度に震動するため溝の側面の土砂が崩壊し易く、亡正邦のガス導管溶接作業を午前五時頃の初発電車通過前に打ち切る予定を少しでも延ばすと、電車の通過により、いつ土砂が崩壊するかも知れないおそれがあるから、亡正邦の作業継続中は、土砂崩壊防止のための切りばり、腹おこし、矢板等を除去しないか或いは少なくともその除去を慎重にし、かつ、電車通過の際は、亡正邦の作業を中止させて、同人を右溝から退避させる等して危害の発生を防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、三進工務店従業員らから求められるままに亡正邦の溶接作業個所以外を埋めることを軽々と了承して、切りばり、腹おこし、矢板を次々に除去させて、土を埋めさせ、また、亡正邦をして電車通過の際の作業中止、退避をさせなかったため、本件事故が発生した。

そして、本件事故は、被告の被用者である難波が被告の事業執行中に発生したから、被告は難波の使用者として、民法七一五条一項本文により、本件事故による損害を賠償する責任がある(なお、ガス事業法三〇条、三一条、同法施行規則四二条参照)。

2 注文者責任(民七一六条但書)

本件ガス導管埋設工事は、被告が注文者となり、三進工務店に請け負わせ、三進工務店においてこれを施工していた。ところが被告の従業員である難波は現場作業指揮者として、同工事現場がもともと下部の地盤がやわらかい場所を鋭角をもって掘さくしているため、土砂の崩れ易い状態にあるうえ、路面電車やトラックが通過する度に相当の震動があり一そう土砂が崩れ易い危険な状態にあったから、請負人三進工務店の従業員に対し、掘さく個所の土止めについて、土砂が崩れないように、切りばり、矢板、腹おこしを十分にし、これらをかすがいで止める等指示監督して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、三進工務店の従業員が矢板を一枚おきにし、切りばりも、かすがいで固定せずに、はさみ込んだだけにし、極めて簡単な土止め工法をしていることに危険を感じながら、その補正もさせないで、亡正邦に溶接作業をさせた点過失がある。

したがって、被告は、注文者として、民法七一六条但書により、本件事故による損害を賠償する責任がある。

四  損害

(一)  原告嘉子の慰藉料      二〇〇万円

同原告は昭和三三年に亡正邦と婚姻し、専ら内助の功をつくし、本件事故当時三六才であった。本件事故により一家の経済的精神的支柱である夫正邦を失ない、幼ない原告文枝、同誠一をのこされた原告嘉子の甚大なる精神的苦痛に対する慰藉料として右金額が相当である。

(二)  原告文枝、同誠一の慰藉料 各一〇〇万円

幼なくして父を失なった右原告らの慰藉料としては右金額が相当である。

五  なお、亡正邦の逸失利益損害は、原告嘉子が労災保険年金を受けているので、その賠償を請求しない。

六  よって、被告に対し、原告嘉子は二〇〇万円、原告文枝、同誠一は各一〇〇万円ならびにそれぞれ昭和四二年二月一九日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三右請求原因に対する被告の認否

一  請求原因一の事実は認める。

二  同二の事実中、(3)は否認し、その他は認める。

三  同三の事実は、(一)の事実中、本件工事に使用のガス導管が被告の所有であること、本件掘さく溝の設置に瑕疵があり、これがために正邦が死亡するに至ったものであることのみを認めるが、その他は争う。

本件工事現場の掘さく溝を設置し占有していたのは被告から本件工事を請け負い施工していた三進工務店であり、その現場監督者は三進工務店代表者および三進工務店従業員訴外山本豊である。

第四被告の仮定的主張(過失相殺)

亡正邦は、難波以上に本件のような工事現場の経験者であり、請負人または下請人の従業者として、労働安全衛生規則により、安全装置等が機能を失なったことを発見したときは、すみやかに、その旨を使用者に申し出ることを義務付けられているところ、本件掘さく溝の瑕疵を承知または容認して右申出をしなかったばかりか、かえって腹おこしが邪魔になるとこれを上下ともさせず、しかも何ら自己の身体に防護方法を講ずることもなく本件事故により死亡するに至ったものであるから、被告側の過失をこえる過失があり、過失相殺をなすべきである。

第四証拠≪省略≫

理由

一  本件関係者、本件労災事故請求原因一の事実、同二の事実中(3)を除く事実は当事者間に争いがない。

二  占有者責任について

≪証拠省略≫を総合すると、次のとおり認められる。

1  本件事故現場は、別紙第一、第二図面のとおり、ほぼ南北に通ずる歩道のない道路中央に路面電車軌道敷がある幅員一五・六メートルないし一四・八メートルの当時の道路敷ならびにその西側の新設歩道敷東端まで幅八・五五メートルないし九・三五メートルの道路拡張工事中の部分にまたがって掘さくされたガス導管埋設工事の溝内であるが、右拡張工事中の部分は道路舗装基礎工事のため一帯にわたり深さ地表から約一・一メートルないし約一・五メートルを掘り下げていた。そして、本件の溝の周囲だけ南北の幅約五・五メートル、当時の道路の西端から約一・二五メートルないし約一・五メートルの間をアスファルト舗装のまま掘り残していた。

2  本件ガス導管埋設工事の溝は、別紙第二図面のとおり、前記道路拡張工事のため掘り下げられていた個所を入口として、東に向って、幅約七〇センチメートル、深さ地表から約一・七メートルをもって掘り進められ、前記軌道敷石畳西端手前約八〇センチメートルの個所まで、アスファルト舗装場所を露天掘りにした溝で、その中央深さ地表から一・五メートル以下に直径二五〇ミリメートルさや管でおおったジュート巻き直径二〇〇ミリメートルガス導管が敷かれ、本件事故当時は溝の東端から約二・六メートルの間は既に埋め戻されていた。

3  本件ガス導管埋設工事は、前年昭和四一年中に三進工務店が被告から請け負っていた岡山市内山下町一八番地先ないし二四番地先の延長一二六メートル、二〇〇ミリメートルガス導管埋設工事のうち前年中に完成していなかった延長、設計上九・五メートルの部分で、前記道路拡張工事に伴ない、路面電車軌道敷を新道路の中央まで移動させるについて、前記新設西側歩道敷東端にそって、右東端から二・六メートルの個所を北から南へ敷かれて来た二〇〇ミリメートル導管を、東へ直角に曲げ、右新軌条敷地下を横切って、先端を盲フランジ止めをしたガス導管をあらかじめ埋設しておく工事で、その導管、さや管等導管関係一切の材料は被告が三進工務店に現物支給をし(本件工事に使用のガス導管が被告の所有であることは、当事者間に争いがない。)、導管の電気溶接も被告の提供する機械器具一式、溶接棒によって行なうもので、導管埋設のため掘さくする溝も、その深さ、幅、飛び矢板(矢板を密着して入れないで、一枚入れると一枚分の幅だけ空けて一枚おきに入れるもの)で施工すること、導管接合(溶接)個所は会所掘り(別紙第二図参照)にすること、その他埋戻しに使用すべき切込砂利を入れる深さ、右切込砂利と埋戻しに使用してもよい在来の土との使用割合等の一切は、被告が三進工務店の請負工事施工に際し三進工務店に交付していた工事設計図を基準として施工されたものである。そして、本件工事に伴なう当時の道路の使用の許可は、被告が昭和四二年二月八日付で所轄警察署長から、午後九時から翌朝午前六時までの夜間に工事をすることを条件にこれを受けていた。

4  訴外難波修一(被告会社供給課新設係員)は、本件事故の前日である昭和四二年二月一八日朝、本件工事現場に赴いたところ、未だ三進工務店が工事にとりかかっていなかったので、三進工務店の従業員で現場監督をしている訴外山本豊に対し電話をかけ、前記道路拡張工事の進行状況からして早急に本件工事をするよう促した。そこで、山本は、三進工務店が雇っている人夫数名を指揮して同日午前九時頃から西の方から溝の掘さくに着手し、同日夕方六時頃には当時の道路西側の部分の掘さくを完了し、その東側の当時の道路内の部分は同日夜掘さくした。そして、翌一九日午前三時過ぎ頃には、さや管二本(長さ五メートルのものと長さ一・五メートルのもの)の電気溶接作業を残すのみとなり、右さや管を付けた延長九・三メートルの直径二〇〇ミリメートルガス導管の設置も終り、別紙第一、第二図面のとおり溝の東端から約二・六メートルの間は埋め戻された。

5  本件事故発生当時、本件溝の西端入口は、前記の幅約七〇センチメートルより若干広く掘られていたが、電気溶接の便宜上、別紙第二図面のとおり会所掘りがなされたほか、入口の左右の下部において、それぞれ入口よりの奥行約五〇センチメートル、幅、高さとも各約三〇センチメートルの個所も、すかし掘りにして掘りとっており、矢板(松材、幅約一八センチメートル、厚さ約三センチメートル、長さ約三・一メートル)は片側にそれぞれ飛び矢板にして三、四本しか入れず、しかも、入口から一番目の矢板は、短かい矢板で、地底に達しない浮き矢板であり、各矢板は腹おこし(一方の矢板を揃えて内側から支える横木)を施さず、二段に入れた切りばり(杉材約一一センチメートル角)も、かすがいで止めることもなく、ただ差し込んだだけにしていた。

6  もともと本件事故現場付近一帯は岡山城の濠跡の埋立地で地盤が軟弱であるため、路面電車が通過しただけで付近民家の屋根瓦が落ちることさえあるような所で、本件溝のある場所は、地表の厚さ約二センチメートルのアスファルト、その下のコンクリート道路基礎厚さ約一〇センチメートルに次いで、地表から七、八〇センチメートルないし約一メートルの間は小石、真砂、石炭がら、砂等からなる比較的固い土層であるが、その下は、やわらかい粘土質軟土で、地表から約一・五メートル掘ると水が出て、長靴で作業しなければならない程であった(別紙第二図面参照)。

7  三進工務店の側では、山本が事故前日の夕刻作業再開の頃以来、現場につききりで現場監督として就労していたほか、代表者訴外石井里自身も夜半から午前二時過ぎ頃までの間現場に来て人夫らの陣頭に立って作業をしていた。他方、被告会社の側では、前記難波が他の工事現場も担当しており、前日正午頃と夕方六時頃とに本件工事現場に立ち寄ったが、右夕方に立ち寄った際は、当時の道路敷の下まで若干トンネル状に、すかし掘りをしているのを発見し、山本に矢板工を施すよう注意を与えて、これを改めさせ、同夜九時前頃からは、一、二回他の工事現場に行ったほかは、本件工事現場に、つききりでいた。難波の職務は検収にあったが、その内容とするところは、土を掘り或いは埋める作業方法自体は別として、掘さくする溝の幅、深さ、傾斜、矢板工、設置されたガス導管の位置、勾配、溶接、埋め戻しの土の内容等掘さくの開始から埋戻しの完了までの一切が前記工事設計図にそって施工されているかどうかを検査し、不適正なものを指摘して設計どおりに施工しなおすことを命ずることであって、前記の埋戻しも、同人において設計どおりにガス導管が埋設されたと判定した部分について、山本に対し埋戻しの許可を与えたものである。

8  なお、初発電車が通過して間もない頃、亡正邦が本件溝の西端入口近くで、さや管の上に東向きにまたがって電気溶接作業をし、その背後で難波がこれを見守り、時にその手伝いをしてやったりしていたときに、瞬時に溝の入口左方(北側)上部、次いで右方(南側)上部の土砂が矢板もろとも崩れ落ちて亡正邦を埋めてしまった。

以上のとおり認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、本件ガス導管埋設工事の溝は民法七一七条の工作物にあたると解するのが相当であるところ、なるほど、右溝は工事請負人三進工務店がその掘さくをし矢板工を施し、ガス導管埋設工事中のものであったけれども、被告会社供給課新設係員訴外難波修一が工事現場にあって、被告の設計どおりの幅、深さ、矢板工をもって掘さくがなされているかどうかの点、ガス導管の位置、勾配、溶接等被告の設計どおりに被告所有のガス導管が埋設されるかどうかの点を検査し、その是正方の指示をしていたのみならず、掘さくされた溝の埋戻しについて最終的な許可を与え、埋戻しの検査をする地位にあったのであるから、三進工務店の本件溝の占有のほかに、被告においても、自己のためにする意思をもって事実上これを支配していたと認められる。

右のとおり、被告は本件溝の占有者とすべきところ、本件溝の設置につき瑕疵があり、そのため本件死亡事故が発生したことは、当事者間に争いがないから、被告は、本件溝の占有者として、民法七一七条一項により、本件事故によって生じた損害を賠償する責任がある。

三  損害(原告らの各慰藉料)

前示当事者間に争いのない事実のとおり原告嘉子(昭和五年生)が亡正邦の妻であり、同文枝(昭和三四年生)、同誠一(昭和三七年生)が右夫婦の子であるところ、≪証拠省略≫を総合すると、亡正邦は昭和三三年に原告嘉子の父母の養子となったうえ原告嘉子と婚姻し、田畑各四、五反の耕作その他果樹の栽培をする右養親および原告らと生計を共にして生活していたこと、そして、亡正邦は平日は電気溶接工をしていたが休日や農繁期には農耕に従事し、一家の経済的、精神的支柱となっていたこと、原告嘉子が亡正邦の死亡による労災年金の支給をうけていること、亡正邦の葬儀に際し被告から香典がおくられていることが認められ、以上の事実、原告らが弁護士費用を請求していないこと、その他本件にあらわれた一切の事情を斟酌すると、原告らの各慰藉料額は、原告嘉子一五〇万円、同文枝、同誠一各七五万円をもって相当と認める。

四  過失相殺について

被告は、亡正邦が本件の溝につき腹おこしをさせなかったと主張するが、右腹おこしの手抜きが亡正邦の指示に基づくと認めるに足りる証拠はない。また、≪証拠省略≫によれば、亡正邦が安全帽をしていなかったことは認められるが、同事実と本件死亡との間に因果関係があると認めるに足りる証拠はない。更に、被告主張のように、労働安全衛生規則(昭和四七年労働省令三二号)二九条四号が、「労働者に対し、法令により設けた安全装置等が機能を失ったことを発見したときは、すみやかに、その旨を事業者に申し出ることを守らなければならない。」と規定しているにしても、本件の場合は、右規定の趣旨から民法七二二条の規定の適用上亡正邦に過失があったとするのは相当でない。その他本件の全証拠によっても、本件について過失相殺をするのを相当とするような事情を認めることはできないから、被告の過失相殺の主張は採用できない。

五  以上の次第であるので、原告らの本訴各請求は、いずれも前記各慰藉料額の限度で正当であるから、これを認容し、その他は失当として棄却することとし、民訴法九二条、九三条、一九六条一項を適用し、仮執行免脱宣言は相当でないから、これを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 平田孝)

<以下省略>

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